函館地方裁判所 昭和25年(ヨ)36号 判決
申請人 全日本造船労働組合北海道支部
右代表者 支部執行委員長
被申請人 凾館船渠株式会社
一、保証 無保証
二、主 文
申請人被申請人間に於ける社則の効力確認訴訟の本案判決確定に至るまで、申請人より金一万円の保証を供することを条件として、被申請人が昭和二十五年二月二十四日附なした社則(就業規則)改正は仮りに無効なものとする。
訴訟費用は被申請人の負担とする。
三、申請の趣旨
被申請人の昭和二十三年一月一日施行にかかる社則(就業規則)は其の内容を改訂せざるまま現に効力を保有する。
四、事 実
(一) 被申請人は東京都台東区上野元黒門町に本店、凾館市弁天町八十八番地に主たる事務所並びに営業所、凾館市、室蘭市、小樽市及び青森県下北郡大湊町に各事業所を夫々配置し、船舶の造修、並びに、鉱山機械製造修理を営業種目とする会社である。
(二) 申請人は昭和二十二年三月三十一日全日本造船労働組合凾館船渠支部として発足し、昭和二十四年六月十五日全日本造船労働組合の組織変更により全日本造船労働組合北海道支部と名称を変更した。その事務所を凾館市帆影町二十番地に置き、被申請人会社の従業員約三千二百名を以て組織する労働組合で、下部組織として、凾館(組合員約二千名)室蘭(組合員約六百名)小樽(組合員約二百七十名)大湊(組合員約四百三十名)の各分会を有する。
(三) 申請人は昭和二十二年三月二十五日会社に対し労働協約、最低賃金、退職金に関する協約締結を要求し、同年六月二十日これ等に関する協約が成立した。その労働協約第二十三条には「会社は諸規則の制定変更制度及び職制の改廃に関しては支部分会と協議決定する。」第二十条には「経営協議会で決定したことを会社と支部分会との双方で認めたときは本労働協約と同じ効力を有する。」旨を規定した。
(四) 昭和二十二年十二月十六日第四囘支部経営協議会で第五囘支部経営協議会の日時及びその際社則を審議することを約し、昭和二十三年一月十四日より同月十七日まで、及び、同月二十日の数日に亘り審議した末之を決定し、申請人会社双方でこれを認め、合意の上、同年一月一日に遡及して施行したのである。既に、前記労働協約第二十三条が規定されているのにかかわらず、社則第九十二条を設けて「本社則の変更及び改廃は組合と協議の上決定する」こととしたのである。其の後、昭和二十三年八月二十四日労働協約改訂に際しても社則の変更なく、同年五月七日、同年九月二十五日、昭和二十四年六月十五日いずれも協議の上改訂をみたのであるが、右第九十二条は廃止さるることなく今日まで存続している。
(五) 被申請人は申請人との間の(昭和二十二年六月二十日成立した労働協約改訂による)昭和二十三年八月二十四日附労働協約が昭和二十五年二月二十三日失効したところ、翌二十四日申請人に対し、突如社則改訂の申入をなし、其の翌二十五日午後四時までの期限附で囘答を要求して来たので、申請人に於ては同日労働基準法並びに労働協約の精神に則り誠意ある協議を要望する旨の囘答を送り、更に、会社が同月二十五日附同日午後五時までの期限附で意見書の提出を求めたのに対しても前同様囘答をした。それにもかかわらず会社は同月二十七日労働基準監督署に社則変更の届出をなし、即日社則の効力発生せりと称し改訂社則を発表した。
(六) 旧社則(昭和二十五年二月二十三日以前の社則)第八十二条は第一項に解職の場合を列挙しその第二項に「事業経営上已むを得ない都合あるときは組合と協議の上解職する」旨の規定があるのに、新社則に於ては右二項を第一項六号とし「は組合と協議の上解職する」を削除し、因つて、解職を会社の専断事項となし因つて以て、昭和二十五年二月二十八日申請人組合員中大湊分会の組合員二百二名に対し一方的に解雇の意思を表示し従前の社則を否認している。しかし、申請人と被申請人との合意によつて成立した社則につき、明確に、「本社則の改廃変更には組合と協議決定する」と記載しあるにかかわらず、組合と協議することなく、会社が一方的に変更できる理由なく、一方的に変更するも何等の効力を生じない。故に申請人に対し昭和二十五年二月二十四日附社則改正の無効、即ち、同日改正前の社則の有効確認訴訟を提起せんとするも、判決を得るまで社則の一方的改正により前記の如き組合員を囘復すべからざる事態に立至らしめ、組合に対し囘復し能わざる重大なる損害を蒙らしむるので、追つて提起すべき社則の効力確認の本案判決確定に至るまで前記申請の趣旨の如く社則効力保全の裁判を求める次第であると述べ、被申請人の主張に対し、一般の就業規則が労働基準法の下に使用者の専権によつて制定せられることは認めるが、本件の如く使用者と組合との合意によつて制定せられた社則に於ては労働基準法の労働条件を基準以上に引き上げたものであるから、会社が単独になし得る就業規則制定権能を失つたのである。尚昭和二十四年八月二十四日附労働協約が失効したため新労働協約の締結につき協議をしたが調わなかつたことは認めると述べた。
(疎明省略)
被申請人代理人は本件仮処分申請は却下するとの裁判を求めその答弁として、被申請人が申請人主張の如き本店、主たる事務所、営業所、各事業所及び営業種目を有する会社であること、申請人がその主張の如き組合であること、申請人が昭和二十二年三月二十五日被申請人に対し、労働協約、最低賃金、退職金に関する協約締結を要求し、之等に関する協約の成立したこと、その労働協約第二十条第二十三条に申請人主張の如き条項の存すること、申請人と被申請人との間に昭和二十二年十二月十六日第四囘支部経営協議会で、第五囘支部経営協議会の日時、及び、その際社則の審議を為すことを約し、昭和二十三年一月これを実行して社則を制定し、組合会社共に認めて同年一月一日に遡及して施行し、その第九十二条に申請人主張の如き規定の存すること、其の後、昭和二十三年八月二十四日労働協約改訂に際して変更なく、同年五月七日、同年九月二十五日昭和二十四年六月十五日いずれも改訂の行われたこと、申請人被申請人間の昭和二十三年八月二十四日附労働協約が昭和二十五年二月二十三日失効したこと、被申請人が昭和二十五年二月二十四日組合に対し社則改訂の申入をなし、翌二十五日午後四時の期限附で囘答を要求し、同日更に同日午後五時までの期限附で更に意見書の提出を要求し、その囘答を得て同月二十七日各事業所所在地の労働基準監督署に届出でて改訂社則を発表したこと、会社が新社則に基き翌二十八日申請人組合大湊分会の組合員中二百二名に対し解雇の意思を表示したことはいずれも認めるが、その余は否認する。
そもそも被申請人は使用者として企業経営権人事権に基き就業規則たる社則制定の専権を有するから社則の変更につき申請人の意見を聴き作成し監督官庁に届出でた以上その官庁の変更命令なき限り社則の変更は有効である。のみならず被申請人は昭和二十四年十月五日申請人に対し新労働協約の締結を提議し交渉を重ねて協議は調わなかつたが、協議内容が就業規則たる社則改正の前提をなす組合と協議すべき事項に関するから実質上十分協議を尽したものである。仮りに、協議の事実なしとするも、被申請人が被申請人側に於ける協議の準備を整え昭和二十五年二月二十四日協議に臨みたるに、申請人が協議に入るや闘争宣言を発し自ら協議権を抛棄したものであるから協議を経なくとも社則改正は有効であると述べた。
(疎明省略)
四、理 由
被申請人が申請人主張のように本店、主たる事務所及び営業所、事業所並びに営業種目を有する会社であること、申請人がその主張のような組合であること、申請人が被申請人に対し昭和二十二年三月二十五日労働協約最低賃金及び退職金に関する協約締結を要求し、これ等に関する協定の成立したこと、その労働協約第二十条に「経営協議会で決定したことを会社と支部分会との双方が認めたときは本労働協約と同じ効力を有する」第二十三条に「会社は諸規則の制定変更制度及び職制の改廃に関しては支部分会と協議決定する」との規定あること、申請人と被申請人との間に昭和二十二年十二月十六日第五囘支部経営協議会で社則(就業規則)を審議することを約し、翌二十三年一月この約旨を実行し社則を協議決定の上共に之を認めて同年一月一日に遡及して施行したこと、その社則第九十二条に「本社則の変更及び改廃は組合と協議の上決定する」と規定しあること、昭和二十三年八月二十四日労働協約改定に当りても社則につき何等の変更なく、同年五月七日、同年九月二十五日、昭和二十四年六月十五日と順次改訂され昭和二十五年二月二十三日まで有効に存続していたことはいずれも被申請人の認めて争はないところである。
成立に争なき疏甲第二、三号証第四号証の一乃至四、第五乃至第十一号証と前記当事者間争なき事実を合せ検討すれば、被申請人は本件の社則制定以前会社の専権に属する就業規則制定権に基いて工員従業規則を制定していたのであるが、社会思想の向上に伴うて企業経営の民主化のため申請人の申込みに応じ、先ず、昭和二十二年六月二十日労働協約、最低賃金、退職金に関する協定に到達し之を議定書となし、支部経営協議会を設置し、諸規則の制定変更改廃はすべて支部分会と協議決定すること、経営協議会で決定したことを会社と支部分会と双方で認めたときは労働協約と同じ効力を有することとした。
よつて以上の協約協定に基き就業規則制定についても昭和二十二年十二月十六日当事者間に於て新社則審議のため第五囘経営協議会開催の日時を取極め次で、昭和二十三年一月十四日より同月十七日まで及び同月二十日第五囘経営協議会で社則を審議し本来被申請人の専権に属する事項を被申請人が社会の福祉に貢献する目的から社員の人格を尊重しその福利増進に務めるため被申請人の権能を自制する条項をも加え社則の決定を経営協議会の決定にまつこととし、その席上申請人と被申請人とが対等の立場で平和裡に協議し完全なる諒解に達し、その運用につき疑義ある点を挙げて覚書を作成し、双方がよく納得した上本件社則の決定を見たものであつて尚以上の経緯に鑑み当事者双方に於て今後社則の改廃変更する場合に於ては会社は組合と協議決定する旨を契約し之を社則第九十二条に明定し之を同年一月一日に遡つて施行したことにつき一応の疏明ありたるものと認めることができる。右認定を覆すべき疏明がない。
以上本件社則制定の経過に徴すると元来就業規則は会社に於て一方的に制定し得るものではあるが本件の場合に於ては被申請人が前敍説示の如き意図から社則制定に当り申請人の意思を反映させるため申請人と合意の上社則制定権に制限を加えたものであつて其「協議決定」なる文言の意義も単に申請人に対し協議の機会を与えるとか又は協議の方法が単に諾否を求めるが如き一方的のものであつてはならず、少くとも具体案を囘り当事者双方に於て充分なる意見の交換をして案の検討を遂げ円満妥結に導く努力が傾倒せられることを要求されるものであると解するを相当とする。そうだとすると若し被申請人が社則変更をなすに当り前敍の如き内容の協議を尽さずこれが変更をなした場合に於ては申請人に対する限り其効力を主張できないものと言わなければならない。仍て進んで被申請人が本件社則の改正に当り前敍の如き内容の協議を申請人との間に遂げたかどうかに付審按して見ると被申請人提出の乙号各証の疏明方法によれば被申請人は昭和二十四年十月五日新労働協約の締結を提議し以来囘を重ね交渉をしたるも協定に達しなかつたが其の内容は本件社則改正の事項と実質上同一範囲のものであつた事実が疏明されないではないけれども右は畢竟労働協約の審議であつて社則の改正を議したものではなく社則改正の具体案は昭和二十五年一月二十四日初めて申請人に提示されたこと当事者間争いのないところであるから未だ右事実により本件社則の変更につき協議したものとは言えない其他被申請人の疏明方法によつては被申請人が申請人と本件社則変更につき具体案を中心として前敍の説示の如き協議を遂げた事実は疏明されない。被申請人は仮りに協議がなかつたとしても昭和二十五年二月二十四日被申請人は本件社則の協議準備を整え協議に臨みたるに拘らず申請人は之に応じないのみか闘争宣言を発したので協議に入ることが不可能に陷つた。右は申請人が自ら協議権の抛棄を為したものであり被申請人は爾後協議を為す義務なきに至つた旨抗争するけれども仮りに斯様な事実があつたとしても右事実丈けでは申請人に於て協議権を抛棄したものとは認め難い。
以上の次第で被申請人は最後に昭和二十五年一月二十四日申請人に対し社則改正の具体的申入れをなし翌二十五日午後四時迄の期限付囘答を要求し同日更に二十五日午後五時迄の期限付で意見書の提出を求め、其拒否の囘答に接するや同月二十七日各事業所々在地の労働基準監督署に届出をなしたことは当事者争いのないところであるが以上説示した通りの次第で被申請人の右措置は当事者間に於ける社則改廃変更に関する前示契約上の義務に違反したもので契約の相手方たる申請人組合に対する限り右社則の改正の効力の発生を主張し得ないものと言わなければならない。
仍て進んで本件仮処分の必要性につき判断するに以上の如く本件社則改正は申請人に対する限り其効力なきものであるに拘らず社則の効力確認の本案訴訟の判決確定に至る迄何等の措置を講じないとすれば申請人は社則改正以前の事項につき協議に参加することを拒否せられ囘復すべからざる著しき損害を蒙むる虞ありと言うべく仍て保証につき民事訴訟法第七百五十六条第七百四十一条訴訟費用につき同法第八十九条を適用し主文の通り判決する。
(裁判官 川島普 森松万英 加藤一芳)